« 仏教瞑想特別講座 2 | トップページ | 信仰よりも理解 »

仏教瞑想特別講座 3

密教編

 上座部の瞑想が初期仏教の瞑想法を基本にしているのに対して、
密教ではより大胆な変革が見られます。
日本に伝わった中期密教とチベットの後期密教では瞑想法に違いが
あるのですが、ここでは中期密教を基本にして、空海を祖とする
真言密教を前提に話をすすめます。

密教瞑想(観法)の基本は、「仏そのものになる」ということです。
理想が仏だとしたら、「私はその仏そのものである」というのが、
密教の世界です。

 その瞑想法(観法)とは、「三密の加持」です。
身体・言葉・心の3つの働きを、理想とする仏と同じにする、
これを三密加持といいます。
空海はこれを、入我我入(仏が我に入り、我が仏に入る)とも表現しています。
この仏と自身を同じくする(合一する)ことを、ヨーガといいます。

つまり、密教瞑想(観法)とは、ヨーガの技法によって理想である仏と一体と
なることにより、今、この身このままにおいて仏となる、ということです。
もう少し教義に即して言えば、
「仏と一体になることによって、自身が本来仏であることに気づく観法」
と表現することもできます。

具体的には、仏の姿として手に印を結び、口にその仏の真言(マントラ)を
唱え、心に仏を観想します。
密教には多くの仏がいますが、その仏ごとに、印(手の形)、真言、
持っている徳や智慧が異なります。
身口意の3つがセットになっているところがポイントです。

歴史上の人物では、戦の天才上杉謙信の毘沙門天信仰が有名です。
密教的には、上杉謙信は、毘沙門天そのものとなり、毘沙門天として
戦の指揮を取ったと考えられます。
自身が仏そのものになる(仏そのものである)というのが密教であり、
密教瞑想は、まさにその実践となるわけです。

 さまざまな象徴を使うのも、密教瞑想の特徴になります。
護摩では火を焚きますが、これもひとつの瞑想です。
マンダラや掛け軸などを使った瞑想もあります。

象徴はあくまで象徴であることを理解しておくことも必要です。
最終的に「法を観る」ことが大切なのは、他の仏教と同じです。

この象徴だけを見て、「密教は仏教から外れている」と批判されることも
ありますが、象徴の意味するところを見ていくと、意外と初期の仏教に
近かったりします。

元々密教瞑想法は、一般在家には公開されてきませんでした。
現在、阿字観という密教瞑想法が、あらためて脚光を浴び、
在家の方にも公開されるようになりました。
しかし阿字観をやる僧侶は、まだまだ少ないようです。

今後、密教瞑想法が正しく、一般の方々に広く普及していくことを
願っています。

|

« 仏教瞑想特別講座 2 | トップページ | 信仰よりも理解 »

修行法」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211184/41223716

この記事へのトラックバック一覧です: 仏教瞑想特別講座 3:

» 瞑想対策してますか? [瞑想って気になりませんか?]
【送料無料】アンド・セレニティ~瞑想するグレン・グールド / グールド 今日はち... [続きを読む]

受信: 2008年5月16日 (金) 15時57分

« 仏教瞑想特別講座 2 | トップページ | 信仰よりも理解 »